息を吸うと、鼻を鋭くつくような匂いを、幽かな痛みとして感じた。わたしはその嫌な感覚に呼吸を諦め、半ばも満たされていない肺から溜め息で空気を押し出す。わたしはきっと、真顔でこの硝煙は吸えない。慣れることなど考えられないし、考えたくもない。これは、そういうたぐいのにおい。
 

視界がゆらいで、わたしはおもわず膝をついた。力の抜けた手から、がしゃん、と、やけに大きな音を響かせて銃が落ちる。わだかまった霧の最中に転がされて、その冴えた銀色の表面が曇っていく。震える。身体が、震える。云うことを聞かない腕を必死に持ち上げて胸元をかき抱いた。布ごしに皮膚に爪を立て、込み上げる吐き気から目を逸らす。
 

きみには、無理でしょう。
 いつか言われた言葉が脳裏を巡る。パンドラに仕官が決まったと語ったとき、彼は、まだ早いのでは、と答えた。ひどく寂しそうな顔をしていた。ああ、あれはただの子供扱いでは、なかったのか。これを予期して、わたしを止めたのか。いや、でも。
 

「………無理じゃあ、ない」
 

瞼を伏せる。石畳の割れ目を伝い流れてきた、夜闇にも鮮烈な赤色を視界から追い出す。いつのまにか降りだしていた雨が、わたしの頬を滑り落ちていった。

 
 
 
 

血溜まりに膝をついて  

 

(奪うための才能と性質)
(わたしにはどちらも足りない)
 

 

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