つよい雨だ。
 


朽ち果てた廃墟の庭で、花束を手に佇んでいた男はそうひとりごちた。空より降る大粒の雨に身体を濡らしながら、彼は眼前の地に刺さった一本の剣に指を伸ばす。古びてなお鈍色に光るそれは、かつて騎士であった己が剣であった。そして同時に、男自身の所業によって深淵に堕ちることを余儀なくされた、あの少女の墓でもあった。

指先でその柄に触れ、そっと撫でていく。少女の一族は、共同墓地にてひとまとめに葬られていた。化物に食い散らかされた遺体はもはや区別がつかないほどであったのだというが、どうせあの時代のことだ、そうでなかったとしても粗雑に扱われていたのであろうと男は唇を歪めた。一族の邸宅であった、この廃墟もそうだ。住む者が消えたこの建物でさえ、あの一族のものであったという理由だけで金品を略奪され、破壊されている。この様子では、もし、あの少女がいきていたとしても。そこまで考えたところで、剣に添えていた男の指がこわばった。


(わたしは、いったいなにをいまさら)


濡れた白髪を頬にはりつけたまま、かなしげに眉を寄せてほほえんだ男は静かに花束を剣の前へと手向ける。そうしてその亡骸のない墓にもう一度触れようとしたその手は、しかしそれに届くことはなかった。


「……きみがここに来るのは、初めてですね」


しばし黙したまま雨に打たれていた男は、不意にそう口を開くと背後の苔むした門を振り返る。その外で凝立していたのは、黒い傘を差した眼鏡の青年であった。気づかないわけがないでしょう。男がそう追いうちをかけるように言うと、青年はぐっとなにかをこらえるような仕種をする。


「……はやく、入らないか」
「そのためだけに、ついて来たんですか」


すこし傘を浮かせていた青年は、男の言葉に目を泳がせた。薄く開いた唇は、かすかに開閉したのちに、ああ、と、そうだと音を紡ぐ。紡いでおきながら、しかし青年は動こうとはしなかった。崩れかかった門の前、その一歩手前で、彼は逡巡を繰り返すように己の足と門の先をゆっくりと見比べていたのだ。


「かまいませんよ」


ここは、ただの事件現場ですから。男がそう肩をすくめてみせても、青年は首を振るばかりであった。まるでそこに不可視の壁が存在しているかのように、彼はじっと足元を見つめたまま、身じろぎさえしないのだ。レイムさん、と男に名を呼ばれてようやく、青年は顔を上げる。  わずかにさみしげな色をまぜたあかい目が、そこにあった。


「あのね、わたしは」
「……ちがう」


唐突な遮りの声に、男は眉を寄せる。しかし青年はそれを気に留めるふうでもなく、再び違うとつぶやいて突然、ゆっくりと傘を下ろすのだ。下ろした傘を放り出す彼の服はみるみるうちにその色を濃くしていった。水滴を乗せる硝子に、青年は緩慢に眼鏡を取り払って言う。


「よく、見えない」


見えないものだな。そう目をすがめる青年に、かすかに唇を震わせた男はひそやかになにかを飲み込んだ。あたりまえ、でしょう。やっとのことでそう声を搾り出した彼は、庭の草を踏み締めるように歩を進め始める。門前で一瞬止まった足は、それでも踵を返すことなく外の土を踏んだ。


傘は、ささないんですか。


身体を包む温度に男が訊けば、そのために来たわけじゃあ、ないからな。そうほほえんだ青年に、男はぎこちなくその肩に頬を寄せて、目を閉じた。





サンクチュアリ





宵様へのお誕生日祝いでした!
『シンクレア家を弔うザクスと見守るレイムさん』との内容でしたが、お嬢様だけになってしまいました´・ω・`
これでもお気に召していただければさいわいです…///




ゆべ様より誕生祝いをいただきました!
23日頃ぽへーっとしてたらいきなりメールが来たので何事かと思ったら…うあああああああ!!!←
最初の一文だけで墓参り、それもお盆のじゃあなく、誰かよく知っているひとを弔う、
あのなんとも言えないむなしさみたいなものがぶわっとこみ上げてきます。
それでも文章が美しいので嫌な感情が浮かんでくることもなく。



ありがとうございました!

2011.03.25

 

 

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