アーチャー、と。弾むような声音に顔を上げると唇に冷えたものが押し当てられた。突然のことに思わず薄く開いてしまった口に、それはそのまま押し込まれる。下手人は目の前で、平素の無表情はどこへやらほころぶような笑顔を浮かべている主に間違いはない。ならばこれが有害なものだとは思わないが、なにか一言前置きがあってもいいのではないか。
思考する間に押し込まれたものはどろりと溶けだし、鼻のほうに、どこかつんとする甘みが抜ける。それがチョコレートだと気づいたときにはすっかり形を失っていた。なんの変哲もないビターチョコレートは、おそらく購買部で販売していたままのものなのだろう。ここに調理の設備はないから。
くつくつと喉の奥を震わせる少女の琥珀の瞳が、ぎらりと光った。ぞわりと背筋を這い上がる、痺れに似た感覚に眉をひそめる。
「なにがおかしい」
いまだ唇に押し当てられたままであった主の指をやわらかく退ける。べつに、と、いっそう笑みを深くした主はその手を自身の口許に持っていくのだった。そうして視線はこちらへ寄越したままでぺろりと、あかい舌で指先を舐め上げる。それはそれは、楽しそうに。
「……マスター」 「なあに?」
無邪気そのものの仕草で首をかしげるその瞳に射抜くような鋭さはもうみえなかった。
わるいお菓子
(他所ではやるなよと咎めれば少女は不思議そうに何故と問う)
(こちらの気も知らないで!)