あつい、あつい、あつい。逃げようのない陶酔の波に、ぱたぱたと力なく首を振る。なだめるような目許へのくちづけがひどくもどかしい。ちがう、ちがうのだ。なにがちがうのかと問われても答えに詰まるがとにかく、本当にほしいのはそうではない、だというのに、この弓兵は。察しろと睨みつけても気まずそうに顔を背けるばかりである。


アーチャー、と。内側で暴れ回る熱に耐えかねて彼を呼ぶたび、うかされてぼやけた視界の端で弓兵はその表情を歪めるのだ。肌をなぞられる慣れない感触に何度も息を詰める。自我というものが引き剥がされ、本能をむき出しにされる恐怖に助けを求めて手を伸ばす。その片手を包み込むように指が絡み、きつく握られる痛みで安堵を覚えた。途端にふにゃりと表情が緩んだ自覚があるが、弓兵はさらに眉間の皺を深め、視線をかたくなに逸らすばかりであった。


脇腹から腰骨を伝って脚の付け根へ、そこから内股へと滑り神経ごと撫で上げる指先には遠慮がない。容赦なく責め立ててくるというのに、弓兵の表情はどこかで逃げ道を探しているように見えて仕方がなかった。出来る限りこちらを見ないようにときつく、きつく閉ざした瞼は、どちらが襲われる側なのだろうとすら思ってしまう。


だめ。


自由の残されている方の手で頬に触れた。途端にびくりと、らしくなく身を震わせる弓兵につられて鼻から抜けるような声が漏れる。アーチャー、だめ。二度目の否定でようやく彼は、おそるおそるといった様子で目を開ける。覗き込んだ銀の瞳は一体なにに迷っているというのか不安げに揺れ、その頼りなさに思わず笑ってしまった。


「なさけないかお、しないで」


目をそらさないで。震える指で、その頬から首筋へと伝った汗の粒を追った。ほんの一瞬泣き出しそうに表情を崩した弓兵はなにかを振り払うように頭を振る。マスター、と、切羽詰まった声音がただ、どうしようもなくいとおしい。


だいじょうぶよと髪を撫で、引き寄せた額にくちづけた。子供のように扱われるのが気に食わなかったのか彼は眉をひそめる。拗ねると一気に印象が幼くなるのが可愛らしく思えて微笑めば仕返しとでも言いたげに、首に舌を這わされるのだった。ひくりと肩が震え、仰け反った喉に噛み付かれて、ああ、あつい、あつい、あつい。少しずつひどくなる下腹部の疼きに耐えかねて甘ったるい悲鳴をあげる。


「マスター」


我を手放す直前に絡んだ視線は鷹の眼でも、先ほどまでの弱気なものでもない。理性が今にも掻き消えようとするその瞳を、やっと本性を現したかと冗談混じりに罵った。





臆病者の爪



(違いない、と狼は笑う)



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